Research / 研究内容

惑星進化学:太陽系天体の表面地形や内部構造,大気の成り立ちと進化
太陽系には,地球や木星などの惑星や,お月さんのような衛星,リュウグウのような小天体など,実に色々な天体が存在します.それらには,サイズの大小や大気の有る無し,表面地形の種類や規模,内部の構造,構成物質などなどに様々な違いがあります.そうした天体ごとの多様な特徴がどのような原因や過程の違いによって生まれたのか,すなわち「進化」に興味の軸を置き,その解明を目指して主に理論計算や望遠鏡観測を用いた研究を行っています.ここでは,太陽系の様々な天体をまとめて「惑星」と呼びます.惑星進化の基本は,「内部の熱状態の変化」です.最もシンプルな理解は,出来たばかりの熱い惑星の内部が次第に冷えていくという「冷却過程」であり,こうした熱状態の変化を「熱進化」や「熱史」と呼びます.実際には単調に冷却するだけでなく,冷却を支配する過程(伝導や対流)や発熱,物質の変化などが相互に絡み合って進化し,現在の姿になったはずです.その過程で,内部に層構造が現れたり,物質の移動や膨張収縮などで表面に地形ができたり,内部の揮発性物質が噴き出して大気が生まれたり,金属核が流動して磁場が生じたはずです.あるいは何もできなかった天体もあるでしょう.どの天体を研究するかは,その時々の興味に向き合って自由に選ぶ姿勢を大切にしていますが,私は特に,水(氷)を持つ天体の進化に強い興味を持っています.
氷が支配する天体の姿と歴史
木星や土星などの巨大惑星を回っている衛星のほぼ全てはその表面が氷に覆われています.また冥王星やエリスといった太陽系最外部のカイパーベルト天体も,同じように氷に覆われています.ここでは,これらをまとめて「氷天体」と呼びます.氷天体の表面には様々な地殻変動の痕跡があることが多く,そこには地球上で見慣れた構造もあれば,一見では理解しがたい奇妙な地形も数多く見られます.そうした表情の多彩さに大きな科学的興味を抱いています.具体的には,あまたの亀裂が走り衝突クレータが極めて少ない木星の衛星エウロパ(Europa)や,巨大な地溝帯が刻まれた太陽系最大の衛星ガニメデ(Ganymede),新旧の地質が共存し内部の水が噴出している土星の衛星エンセラダス(Enceladus),そして厚い大気に覆われた表面には流水痕のような地形が見られるタイタン(Titan)などです.さらに,太陽系外縁部の冥王星に対してはアメリカのNew Horizons探査機が接近観測を行い,表面温度が-200℃以下という極低温の世界でも極めて若い年代を持つ領域があることや,大規模な地殻変動の跡を発見しています.氷天体のこうした多様性が,まさに「氷」の存在によって作られている点に注目しています.この場合の氷とは,固体のH2Oに限らず,一酸化/二酸化炭素や窒素,メタンやエタンといった炭化水素など様々な揮発性物質の固体を指します.氷は,地球やお月さんの主成分である岩石とは様々な点で大きく異なる熱的・力学的性質を持っており,それによって多彩で独特な現象が生じます.氷が駆動するテクトニクスの産状と,その駆動力となる内部の活動,そして長期的な熱史などを明らかにするためには,氷天体の主たる構成要素である「氷」の役割を理解し,その天体に対する寄与を知ることが必要です.地球との共通点と氷天体固有のシステムとを明確に区別し,その進化を考察することはまさに惑星科学の本質です.多彩な姿を持つ氷天体は,太陽系天体が持つ多様性の原因と意味の理解に迫るための良きサンプルと言えます.
宇宙生命学(アストロバイオロジー)の現場
氷天体は生命を宿す環境を持っているかもしれません.例えば木星の衛星であるエウロパは,観測と理論的研究の両面から,内部に液体水の海がある可能性が高いと言われています.また,土星の衛星エンセラダスでは内部から氷の粒子や水蒸気が噴き出ており,多様な有機物も混在していることが分かりました.液体水からなる大規模な物質圏を(現在も)保有している天体が地球以外にも存在し,しかもそれがかなり普遍的である可能性が示されてきています.生命発生を実現する環境やシステムは,宇宙において地球が唯一なのでしょうか.どこに生命がいるか,という地球外生命探しも重要ですが,氷天体の環境と地球での生命誕生の状況とを対比させながら,地球生命の発生と進化の過程が地球外天体においてどこまで適用可能かを考えることが,宇宙生命学(アストロバイオロジー)の本質です [木村・山岸,2017].しかしながら氷天体の世界は地球から遠く,情報を得る手段は限定的です.それでも探査機による現地調査としては,1970~80年代のボイジャー(Voyager)計画に始まり,ガリレオ(Galileo)計画,カッシーニ(Cassini)計画,そしてニューホライズンズ(New Horizons)計画へと続いており,氷天体は常に惑星科学における第一級の研究対象であり続けています.そして2023年の打ち上げを目途とした次なる木星圏探査計画ジュース(JUICE)を,欧日の協同体制で開発しています.従来の日本では手の届かなかった氷衛星の世界ですが,国際協力のもとでこの現状を打破しフロンティアへの道が拓かれる状況になりました.地球を学ぶことももちろん大切(惑星科学という研究分野は,あくまで地球科学という学問分野に立脚する,という認識と基礎理解が重要)ですが,外に目を向けることなく,客観的視点を持たずに我が家の概観を描くのは,ことのほか難しいものです.
具体的な研究テーマ
さまざまな天体の実態把握と進化の理解を目指し,主に理論計算と観測的手法を用いて以下のようなテーマの研究を行っています.大きくは,「天体の内部進化とテクトニクス」,「天体の物質化学的進化」,「惑星探査計画から系外惑星観測へ」の3つがあります.
天体の内部進化とテクトニクス:地形形成・地下海・核磁場
氷天体地下海の安定性・進化
また,さまざまな氷天体内部の熱的な進化(熱史)を数値モデル化し,地下海の長期的な進化を考察する研究を進めています(例えばエウロパについては [Kimura, 2024],冥王星については [Kamata, Kimura et al., 2019 (プレスリリース); Kimura and Kamata, 2020].他にも,ガニメデ,カリスト,エンセラダス,トリトン,カロン,エリスなど [Sohl, Kimura et al., 2010]).ここで重要なのは,豊富な液体水が存在することだけが地球外生命の存在可能性を意味するものではないという点です(地下海があるか無いかという問題はもはや時代遅れ).生命の発生と進化においては液体(水)の存在だけでなく,そこに様々な有機物などの生命の素材物質が共存し多様な化学進化が進むことが必須です.現在は単なる地下海の有無だけではなく,そのような反応場としての地下海が具体的にどのような構造と組成を持ち,それがどのように時間変化していく(きた)のかを理解するステージにあると言えます.例えば地球での生命発生場の候補地のひとつとされる海底熱水循環場は,氷天体の地下海にも存在するかもしれません [Vance, Kimura et al., 2007].
氷天体の多様な地形形成と地質史
そのイベントが具体的に何だったのか,活動の原因となる力(応力)の源は何なのかを突き止めることが,氷衛星の進化を紐解く重要なカギになります.そしてこうした活動はまさに氷が持つ性質によってコントロールされているはずであり,地球型天体のテクトニクスとは本質的に異なる,ゆえに興味深い点です.氷天体におけるひとつの大きな力の源は地下海の固化,すなわち液体水から固体氷への状態変化です [Kimura et al., 2007].そうして形成した氷の断層や亀裂が様々に折り重なることで,表面に時代を刻んでいきます.その重なり方を精密に調べることで,表面の地域ごとの新旧や年齢が見えてきます [Bradak, Kimura et al., 2023a; 2023b].
また,こうした地形を支える氷殻の内部が比較的あたたかい場合は氷の流動性が高まり,活発な対流運動を起こしている可能性があります.こうしたダイナミクスもまた表面に大きな応力を与え得るとともに,内部(地下海など)から物質や熱を表面へと運ぶ重要な役割を果たすかもしれません.数値計算によって氷対流のふるまいを調べ,地形の形成や熱物質輸送に与える影響を考察することが重要です.
氷天体が金属核磁場を出せる条件
氷微惑星の進化
天体の物質化学的進化:大気表層の物質探索・天体内/天体間物質輸送
望遠鏡観測による物質探索と時変動の検出
また,多くの氷天体は希薄な大気を持っています.例えば木星衛星のイオは火山活動から噴き出した物質を中心とする二酸化硫黄,エウロパやガニメデは表面のH2O氷が解離してできた酸素分子を主成分とする大気です.そうした大気には,主成分に加えてアルカリなどの様々な微量成分が存在し,それらが表面や内部(つまりイオならマグマ,エウロパなら地下海)の組成を反映している可能性があります.こうした視点に立ち我々は,北海道大学附属天文台(ピリカ望遠鏡:画像)や,京都産業大学神山天文台(荒木望遠鏡),国立天文台ハワイ観測所(すばる望遠鏡)などとの共同研究を通して,物質の探索やその時間変化に注目した観測的研究を行っています [Takagi, Kimura et al., 2025].木星衛星エウロパではH2Oの噴出現象も報告されていますが本当の存否は怪しいことから,すばる望遠鏡を用いた追観測を行うことによって噴出現象の詳細な活動動態の理解も目指しています [Kimura et al., 2024].こうした観測を通して,氷天体における生命の存在可能性へ物質化学的に迫っていきます.
また,ハッブル宇宙望遠鏡やすばる望遠鏡といった大口径の測器を用いて,惑星の影の中に入った衛星の微弱な光を捉え,惑星の上層大気の情報を引き出す手法を見出しました [Tsumura, Kimura et al., 2014 (プレスリリース)].
大気-表層-内部をつなぐ物質輸送過程
流れ場と物質輸送がカップリングする典型的なシステムは,地球の海洋です.現代では熱塩循環に代表される二重拡散過程が知られていますが,太古代の海洋では事情が異なり,海水に豊富に溶け込んだ二価鉄が主要な輸送対象でした.そこに発生したシアノバクテリアが光合成で酸素を生み,その酸素が二価鉄を酸化し不溶性の三価鉄となって沈殿します.その結果は縞状鉄鉱層として地質に刻まれています.こうした古環境を念頭に,生命の存在が惑星環境を変化させ,環境の変化が生命活動に影響するという「共進化」として捉え,流れ場と化学種の輸送・反応を結合させた数値シミュレーションを行い,海洋スケールでの物質循環と惑星環境変化の関係を探ります.
天体間の物質輸送過程
氷天体環境での有機物進化
惑星探査計画への参加と観測機器の開発校正,さらに系外惑星へ
惑星探査機や宇宙望遠鏡の提案・開発・運用・データ解析
また,欧州宇宙機関(ESA)が大型計画として2023年4月に打ち上げられた「JUICE(JUpiter ICy moons Explorer:木星氷衛星探査機)」へ搭載するレーザ高度計(GALA: GAnymede Laser Altimeter)の,欧州側と日本側の両開発チームに所属し,打ち上げまでの機器開発や科学検討を担当したほか,2031年の木星圏到着に向けた観測計画の立案や科学目標の精緻化を進めています [Kimura et al., 2019; Hussmann, Kimura et al., 2025].レーザ高度計は今や固体天体探査における基礎的な機器になりましたが,氷天体へ用いるのはJUICE/GALAが世界で初めての試みとなります.これによって,木星氷衛星の表面起伏や潮汐応答の測定を行います [日本惑星科学会誌「遊星人」JUICEミッション紹介記事(2013年9月号),GALA紹介記事(2020年9月号),GALA初期チェック報告記事(2023年12月号)].
さらに,ハッブル宇宙望遠鏡や惑星紫外分光観測衛星ひさきの後継として,新たな紫外線宇宙望遠鏡「LAPYUTA」を計画しています.太陽系内天体だけでなく,地球型系外惑星や近傍銀河も観測のターゲットにし,110-190 nmの紫外波長域で高い空間分解能と波長分解能を持つ望遠鏡の開発を進めています.
日本惑星科学会の主導で2010-15年にかけて行われた日本の惑星探査の長期的展望の検討である「月惑星探査の来る10年」では,第一段階「トップサイエンス抽出」の作業にあたったほか,土星衛星エンセラダスのプリューム物質を探る化学・生命探査ミッションの提案を行いました.
太陽系から太陽系外惑星系へ